私は天使なんかじゃない







嘘と誤魔化し





  やさしい嘘なのか、残酷な嘘なのか。






  「9o弾+P?」
  「そうよ」
  メガトンの浄水場爆破の翌日。
  クレーターサイド雑貨店。
  サバイバルガイドブックをあらかた書き上げた店主のモイラは陽気にそう答えた。傭兵は静かに、いつも通りに店内を睨みつけている。
  物騒な奴だぜ。
  トロイはこの傭兵が苦手なのでよっぽどでない限りは来ない。
  まあ、話してみたらいい奴なんだけどな、この傭兵。
  今日はモントゴメリー郊外の貯水池襲撃の当日。
  メガトン側としてアサルトライフルを支給してくれることになっているが、俺のいつもの装備の9o弾が心許なかったから購入に来た。
  心許ない理由?
  射撃の練習だ。
  俺は優等生みたく能力者じゃないからな、100発100中ってわけじゃない。
  日々練習だ。
  射撃の練習で消耗したから補給が必要ってわけだ。
  そしたら進められた。
  ふらすぴー?とかいう弾を。
  「何だこれ?」
  カウンターに並べられた弾丸は普通のと変わらない。
  「火薬の量が違うのよ」
  「火薬の量」
  ふぅん。
  「モイラのお手製か」
  「そうじゃないわ、西海岸の品よ」
  「西海岸の?」
  「そうよ。普段は自作してるんだけどね、まあ、他の店でもそうなんでしょうけど。これは私にはまだ作れないわ」
  「何でだよ? 火薬詰めるだけだろ?」
  「火薬沢山詰める=高火力っていうのは素人見識よ。分量間違えたら、最悪暴発するのよ?」
  「そ、そいつは怖いな」
  「でしょ? これは西海岸から来た運び屋が持ち込んだのよ。ガンランナーとかいう組織が作ったんたって。いずれは私も自作できるようにするけど、とりあえずはこれだけ」
  「運び屋って?」
  前に聞いたような聞かなかったような。
  「宅配人よ。どんな場所にも届ける。プロフェッショナル。サバイバルに長けてるの、移動がメインの仕事だしね。当然戦闘スキルも必要になるから、強いらしいわよ」
  「へー」
  「最近よく西海岸から人が来るのよ。世界が復興してきた証拠なのかしら」
  「かもな」
  「それで、+P弾はどうするの?」
  
20発はある。
  マガジン一本分だ。
  「くれるのか?」
  「ここはお店、あなたはお客さん、さてどうする?」
  「……買う」
  「それが正しいお客さんよねっ! これを装填したら警戒ロボット……の装甲は無理にしても、他のロボットの装甲は簡単に貫通出来るわ。ただ反動が激しいから気を付けてね」
  「分かったぜ」
  キャップを支払う。
  予想外の買い物だがいいものを買ったぜ。
  当初の予定の普通の9o弾も購入。
  「ところでトロイは元気?」
  「あいつか? 元気だよ」
  「あのスクラップを修理したんですってね。それで聞きたいんだけど彼はどこでそんな技術を身に着けたのかしら?」
  「確かに謎だな」
  「何者かしら、彼」
  「俺の舎弟だよ」
  即答した。



  酒場を出て、ビリー・クリールは荷物を持ち直した。
  ゴブから貰ったお菓子だ。
  今日は任務がある。
  しばらくメガトンを離れることになる。これは、そんなマギーに対してのプレゼントだ。
  ビリー・クリール、メガトンの名士。
  キャラバン隊と顔見知りの為、良い物を優先的に買い取ることが出来る。そしてメガトンの繁栄に貢献してきた人物。現在は養女のマギーと二人暮らし。
  「久し振りだな」
  「えっ?」
  帰路、呼び止められてビリーは振り返る。
  見知った人物だった。
  「どうして、ここに……」
  「我々もメガトン共同体に加わることにした。エヴァン・キングにも、勧められたしな。我々もそろそろ外界と接触を持とうと思っている」
  ヴァンス。
  部下らしき者たちを3人引き連れている。
  メレスティトレインヤードに拠点を構える吸血鬼たちの指導者。
  ミスティに諭され、アレフ居住地区と協定を結んだ。
  元々は世間に対して冷たく見られていたこともあるが、彼ら彼女らも世間を白眼視していた。ミスティの存在は一種稀有であり、ヴァンスにしても想定外だった。
  対等な協定の提案。
  それはヴァンスの外に対しての価値観を変えるのには充分だった。
  ……。
  ……もちろんミスティはボルト出身のモグラ人間であり、世間一般的な人間ではないのだが。
  「ル、ルーカス・シムズなら自宅にいる……」
  「知っている」
  「なら、何で……」
  「お前に用があったんだ、ビリー・クリール」
  「俺に、か?」
  警戒するビリー。
  淡々とヴァンスと告げた。
  「ローチキングが縄張りから動き出した」
  「あいつは傭兵だからな、個人的な動いても……」
  「ザントマン、ハイウェイマンも動き出している」
  「あれだ、3人で騒ぎたいんじゃ……」
  「マチェット、ドラッグクイーン、あとは、ふむ、私が与り知らない連中もキャピタル入りした。西海岸で新たに加盟した連中だろう。噂ではキャピタルのドリフターも動き出している」
  「……」
  「ストレンジャーが動き出した。本隊もいるんだ、恐らくボマーも来る。まだその情報はない。だとするとマチェット達は先遣隊だろう」
  「……」
  「手を組もう。ビリー・クリール。お互いに今の暮らしが気に入っている者同士、な」
  「言うなっ! 俺は、過去は、忘れることにしたんだっ!」





  その頃。
  リベットシティ。ダンヴァー司令の私室。
  「失敗した?」
  「申し訳ありません」
  深々と椅子に座っているダンヴァー司令に頭を下げた。
  ジェリコ。
  リベットシティのセキュリティ部隊所属。
  しかし実際には依然として傭兵であり、あくまでアルバイト感覚でいた。
  彼が与えられた任務は<Dr.リーの研究品の横流し犯>の対処。もちろんそれはジェリコのでっち上げであり、横流しそのものは実際にあるものの、彼が犯人と目しているブッチは当然白だ。
  それはジェリコも分かっていた。
  何故なら、ジェリコのでっち上げだからだ。
  毒殺されたガルザも白だと知っている。
  ただ、ダンヴァー司令はセキリュティ全体を統括する関係上、何としても横流しを解決したかった。
  何故?
  自分の職域に関することだからだ。
  メンツからだ。
  それ以上でも以下でもなかった。
  「まずいわね」
  糾弾されることがだ。
  そもそも横流し自体ジェリコに言われるまで与り知らなかった。
  他の評議員に糾弾されるのは避けたかった。
  既に横流しは表面化している。
  隠蔽は出来なかった。
  「任務には失敗しましたが、面白いことが分かりました。これがあれば評議会で、この件の糾弾から逃れることが出来るでしょう」
  「ど、どんなことですか?」
  「パノン評議員は聖なる光修道院と癒着しています。メガトンに届けられるべき水は、その修道院に渡されています。パノン評議員の金蔓ですよ。資産を調査するべきかと」
  「そ、それは……っ!」
  思わず司令は身を乗り出した。
  パノンはキャップをばら撒いて評議会を掌握しつつある。その資金源を誰もが探っていた。評議会で優位に立つためだ。
  「この件を使えば司令は優位に立てるかと」
  「さすがですね。ジェリコ」
  「ありがとうございます」
  「後で褒美を取らせます。私は、急ぐ」
  ダンヴァー司令は立ち上がり、ジェリコの肩を叩いて退室した。
  部屋に取り残されるジェリコ。
  しばらく立っていたが、不意ににやりと笑った。
  「どいつもこいつも欲に駆られて死ぬがいい。このクソ下らない世界と心中しちまえ」





  ラジオから流れる陽気な声。
  キャピタル・ウェイストランドのリスナーのお馴染み、スリードッグっ!

  『ニュースは以上だ』
  『ここでスティッキーの物語……といきたいところだが、残念ながらあいつはバカンスでここにはいない』
  『今頃は優雅に空の旅だろうな。暑い太陽、飛び交う弾丸、罵詈雑言、まさに楽しそうなバカンス?』
  『まったくご愁傷様だぜっ!』
  『俺はスリードッグだ。いやっほぉーっ! こちらはキャピタルウェイストランド解放放送ギャラクシーニュースラジオだ。どんな辛い真実でも君にお届けするぜ?』
  『さてここで曲を流そう』
  『曲はEasy Living』


  Easy Living。
  その歌詞。

  『あなたの為に生きる、それは平穏な暮らし』
  『あなたを愛していれば平穏に生きていける』
  『そして私は愛に溺れている』
  『あなたは私にとって人生の全て』

  『あなたに捧げた年月を私は後悔しない』
  『愛する人へ捧げることは何てことない』
  『あなたの為ならどんなことでもするわ』

  『あなたからしたら私は愚かに見えるでしょうね、でも可笑しいわ』
  『世間は私があなたに良いように扱われていると言ってるの』
  『私はそれがいいのにね』
  『世間は何も分かってないわ』

  『あなたの為に生きる、それは平穏な暮らし』
  『あなたを愛していれば平穏に生きていける』
  『そして私は愛に溺れている』
  『あなたは私にとって人生の全て』



  メガトン。
  ビリー・クリールの家。
  家のソファに身を委ねてビリーは頭を抱えていた。
  ラジオから流れる申し訳程度の音量の音楽もまるで耳に入らないように。
  家の同居人、マギーはそんな様子を横目で見ながら机に向かって勉強をしている。世界は全面核戦争後でいまだ荒廃している、しかしビリーは可能な限りの教育を、勉強材料を掻き集めて
  それを与えた。ビリー自身には学がないので教えれないものの、マギーは勉強道具で自己学習に励むことが出来た。
  マギーは孤児。
  誰もが知っている、レイダーに家族を殺され、ビリーに救われたことを。
  同情もあるだろうが街の住人から温かく見守られ日々を生きている。
  「ねぇ、ビリー」
  「……」
  「ビリー」
  「……」
  「ビリーってば」
  「……あ、ああ、何だ、マギー」
  マギーはあまりにも憔悴していたビリーに見かねて声を掛けた。
  しばらくすれば元気になると思っていたのは間違いだったとマギーは思った。何があったのだろうと。
  「どうした、分からないところがあるのか?」
  「教えてくれるの?」
  「ははは。なんてな。俺じゃ分からんな。ミスティがいればわかったんだが、あいつはルックアウトだもんな。勉強頑張れよ。少し休憩にするか? ゴブにな、お菓子貰ったぞ、食うか?」
  「ビリー」
  「何だ?」
  「私メガトンに来てもう何年もなるね。ビリーと会ってからもう何年もなるね。ずっと一緒に過ごしてるね。ビリーが言わないことは、私が知らなくてもいいことなんだよね?」
  「……」
  言っている意味は分からなかったがビリーは沈黙した。
  心当たりがある。
  心当たりがあり過ぎる。
  半ば強張ってはいたがビリーは微笑み、懸命に微笑み、言った。
  「大丈夫。何も心配ない。今までだって何とかなったんだ。大丈夫。……そうさ、やり過ごせるさ、大丈夫だ……」
  それはマギーにではなくまるで自分に言い聞かせるようだった。





  ジェットヘリは進む。
  メガトンを北上。
  操縦者はスティッキー。
  搭乗しているのは俺、トロイ、ベンジャミン・モントゴメリー、そしてアッシュ。もちろんトロイが修理したED-Eもいる。
  ビリー・クリール?
  出発直前でやはり行けないとか言ってた。
  腹痛か?
  まあ、いいけどよ。
  アッシュが言う。
  「いいか、もう一度言うぞ。俺は、あくまでレギュレーターだ、メガトンとは何の関わりもない。今回の同行だってソノラの意向には反してる。こいつはオフレコの、行動ってやつだ」
  「分かってるよ」
  耳にタコができるぜ。
  「あくまでルーカス・シムズに頼まれたから行くだけだ。忘れるな」
  「分かってるよ」
  市長はレギュレーター内では幹部なのか?
  モニカさんにしてもそうだがレギュレーターは上役に対しても呼び捨てが多い。リーダーであるソノラに対してもだ。口調に敬意があるにしても、分かり辛い。
  「だからブッチ、連中との交渉はお前がしろ」
  「俺がか?」
  こいつは初耳だ。
  交渉、それは水の交渉だ。
  いくら向こうがレイダー然とした恰好をしているにしてもそれだけで悪党と決めつけるのは乱暴というものだ。まあ、悪党という前提で動いてはいるけどよ。
  一応交渉はする。
  不法占拠、という言葉は戦前のものであって、別にレイダーが貯水施設にいたとしても犯罪ではない。連中がいるのであれば連中に占有権がある。それがウェイストランド風ってわけだ。
  要は俺たちは水の供給が出来ればいいんだ。
  施設は必ずしも欲しいわけではない。
  その為のキャップも渡されてる。
  つまり?
  つまり、連中から水の権利を買うってわけだ。メガトンに対してのバルブを開いて水が供給できたらいいってわけだ。
  アッシュが言う交渉とは、そういうことだ。
  「何だって俺が交渉するんだ?」
  「回り見てみろ」
  「回り」
  仲間を見る。
  なるほど。
  全員余所者ばかりだ。
  まあ、俺自身メガトン暮らしは長いわけではなく俺も余所者だが……少なくともこの面子よりは長い。
  ビリー・クリールがいれば彼の役目だったってわけだ。
  「もう少しで着くよ」
  「ああ」
  操縦しているスティッキーは前方を見ながら言った。
  あたりは廃墟、もしくは荒野。
  この辺りは未だにレイダーの支配圏というわけか。
  「最初に言ったけど、俺は操縦してるだけだからな、ドンパチするにしても俺を巻き込まないようにしてくれよ」
  「分かってるって」
  「それで、どうするんだ?」
  視界に次第に施設が目に飛び込んでくる。
  モントゴメリー郊外の貯水池だ。
  ただの溜め池かと思ってた俺はどうやら浅はかだったらしい。まあ、ただの溜め池なら、核戦争後の現状を考えると危険だわな。タンクが立ち並び、近くには浄水施設と思われる建物がある。
  結構立派だ。
  近くには農場の跡地のような……いや、農場か。畑には何人かの人間が見えた。バラモンスキンの服を着た面々だ。
  農民?
  自給自足しているらしい。
  「スティッキー、とりあえず貯水池の上を通り過ぎて、旋回してくれ」
  「了解」
  ジェットヘリは行く。
  爆音を立てながら貯水池を通り過ぎ、旋回。
  俺たちは周辺を見る。
  うっぷ。トロイが口元を抑えて呻いた。旋回したので酔ったのか?
  眼下のタンクの周りには黒いコンバットアーマーを着た連中が屯していた。何事かを叫びながらこちらに指を差し、そしてアサルトライフルを向ける。
  おいおい問答無用かよっ!
  「スティッキーっ!」
  「あー、やっぱりだ、やっぱりこんな展開だーっ!」
  ジェットヘリ、上昇。
  機体に何かが跳ね返った音がする。
  このジェットヘリは武装はないものの防弾仕様。この程度の銃撃なら当たっても墜落することはない。
  「アッシュ、どうするっ!」
  「俺に聞くなブッチ。俺は、ただの攻撃要員だ」
  「問答無用なんだ、こっちもそれに答える必要がある。ヘリから掃射して、制圧しよう」
  「そいつで行こうぜ、ベンジー」
  「ベン……おい、お前は俺のママか、勝手に愛称付けるな」
  「そして今日からベンジーもトンネルスネークの一員だぜ。トンネルスネーク最強っ! トロイ、お前の舎弟だぞ、弟分だぞ、任せるぜ?」
  「うっぷ」
  「大丈夫かよ」
  「……やれやれ、アンカレッジが懐かしいぜ……」
  仕切に銃弾は飛び交っている。
  地上からだ。
  「あいつらはタロン社だな」
  「タロン社……あー、ジェファーソンにいた連中か、アッシュ?」
  「そうだ。俺もあの時、ソノラと一緒に行動してた」
  「へー」
  戦友か、一応俺たちは。
  あの時は顔も名前も知らんかったけどよ。
  「結構生き残ってるみたいじゃねぇか」
  一網打尽にしたものだとばかり。
  貯水施設に陣取ってるのは20人はいる。
  「各部隊長は自分の部隊を温存する形で撤退したらしい。タロン社と便宜上呼んではいるがかつての勢いも組織もない。ちょっと高級なレイダーだ。各部隊はここに暴れてるだけだしな」
  「じゃあ一丁残党掃除をしようぜっ!」
  武装は充分だ。
  俺はいつもの標準装備とは別に今回はアサルトライフルを持ってる。買ったわけではなく、借り物だが。メガトンで今回の遠征に際して支給された。
  アッシュも腰の44マグナムとは別にアサルトライフルだし、ベンジーは自前のアサルトライフル。
  さあて。
  トンネルスネークの攻撃開始だっ!
  「ロックンロールっ!」
  俺たちはヘリの扉をスライドして開く。
  両方だ。
  「うひゃーっ!」
  トロイの叫びは無視した。
  俺たちは身を乗り出して眼下に銃撃。空からの攻撃っていうのはなかなか粋だな、ただ、揺れるから命中率は悪い。銃がぶれる。アッシュもこういう戦闘をそもそも想定して訓練していない
  らしく、舌打ちしながら撃っている。なかなか当たらない。それでもさ空からの攻撃はタロン社には脅威らしく、全員が慌てて物陰に隠れてる。
  「軍隊仕込みってのを教えてやるぜ」
  ニヤリとベンジーは笑って銃撃。
  面白いように敵がバタバタと倒れていく。
  すげぇなっ!
  「ボス」
  俺のことか?
  「チンピラの、俺のボスさんよ」
  「チンピラじゃねぇ、ギャング団だ、トンネルスネークは」
  「ここは二方面と行こう。空と陸からだ。俺は空からやる。あんたらは陸だ。あんたらの銃撃じゃタンクに穴が開いちまう」
  「確かにな」
  そいつで行くか。
  「スティッキー、少し離れたところに着陸してくれ。俺らは降りる。お前は、ベンジーに指示に従ってくれ」
  「はいはい。まったく、外育ちのムンゴって横暴だな」
  「外じゃねぇよ、俺はボルトだ」
  「じゃあ、それでか。ミスティ同様に無茶苦茶言うよ。……じゃっ、頑張ってきてくれよ」
  「ああ」
  少し離れたところに着陸。
  ここまではタロン社の銃撃は届かない。
  俺とアッシュは降りる。
  「トロイ」
  「……僕は、このままでいいです……」
  へばってる。
  「おい。何だってこんな雑魚連れてきた」
  「アッシュ、俺様の子分に……っ!」
  「憤るのは勝手だがなブッチ、戦場に雑魚はいらん。こいつ分のスペースがあるなら別の奴を連れて来ればよかったんだ」
  こいつっ!
  食って掛かろうとすると突然勇ましい音楽が流れた。
  ED-Eだ。
  まるでアッシュを一瞥するかのようにアッシュを見て、それから貯水池に向かって一直線に飛んでいく。立て直したのかタロン社がこちらに向かって移動を開始しているのが目に飛び込んだ。
  仲間割れしてる場合じゃねぇか。
  「ボス、行ってくるわ。おい小僧、飛んでくれ」
  「……だから外のムンゴは……ブツブツ……」
  ヘリは飛び立つ。
  アッシュとの決着は後でだ。

  ジャジャジャジャっ!

  ED-Eから赤い斜線が放たれ、タロン社部隊に降り注ぐ。
  次の瞬間、薙がれた部分が大爆発、こちらに対して向かってきていた部隊はほぼ全てが吹き飛んだ。生き残りに対してもED-Eは強力なレーザー攻撃を繰り返す。
  レーザーを浴びた者は塵となる。
  あまりの火力にタロン社は武器を捨てて逃げ出そうとするものの、ヘリからの銃撃でバタバタと倒れていく。
  結局俺とアッシュは何もしていない。
  立ったままだ。
  お互いに呆然とタロン社部隊が全滅していく様を見ていた。
  アッシュは声を絞り出す。
  「……な、何だ、あのエンクレイブアイボットは……これが、エンクレイブの科学力かよ……」
  「そしてそれを理解しているのが、トロイだぜ?」
  「ど、どういうことだ?」
  「スクラップ寸前のED-Eを修理したのはトロイなんだぜ?」
  「……」
  「さっきの雑魚呼ばわりは訂正しろよ」
  「……戦闘に関しては雑魚かもしれんが、あの化け物兵器とセットと考えなければならないようだ。となると、トロイは、雑魚ではないな」
  「だろ?」
  「後で謝るとしよう」
  「そうしてくれ」
  制圧完了。
  ED-Eはまるで「どんなもんだいっ!」と言いたそうに戻ってきて、アッシュの周りを飛んでいる。
  苦笑しつつアッシュは言った。
  「お前のご主人様は最高だよ、悪かった」
  「<Beep音>」
  喋れこそしないものの、このED-Eと俺たちが呼ぶロボットは人懐っこい。
  それになかなかユーモアもある。
  ヘリはまだ上空を旋回している。
  俺たちは警戒しながらモントゴメリー郊外の貯水池に到達。敵は完全に全滅していた。
  ……。
  ……いや。正確には敵だったのかは、謎だな。
  交渉する前にいきなり攻撃してきたから敵と判断したけどよ。
  あれは威嚇の域を完全に超えてた。
  殲滅は仕方なかった。
  「で、どうしたらいいんだ、アッシュ?」
  「だから俺に聞くな。まあ、ここを守備する部隊が陸路向かってきてるわけだから、ここら来るまでは俺たちが守備しなきゃな。後はヘリに積んで持ってきた検査キットで水の状態を調べよう。
  まともな水からバルブを開いてメガトンに送水開始。それで俺たちの任務はお終いだ。これでいいか? ギャングの親玉さんよ」
  「それで行こう」
  守備部隊は俺たちよりも先にメガトンを出た。
  10名編成だ。
  少なくともメガトンの浄水施設が修復されるまではそいつらはここに駐屯する。
  それ以降?
  それを考えるのはルーカス・シムズだ。
  ただ、ここは他の街とも水道管で繋がってたり、街そのものとは繋がってないとしても、街の近くの施設と繋がってたりと水資源としては必要な施設でもある。
  メガトン共同体としては確保しておきたい拠点になるのかもな。
  「それにしてもアッシュ、農場は見たか?」
  「ああ」
  「農場の連中はタロン社には何にもされてないように見えたが……」
  「どうかな」
  「何で?」
  「飼われてたんじゃないのか、タロン社に。食料生産の為にな」
  「なるほど」

  ガコン。

  激しい音を立ててED-Eが地面に落下した。
  俺たちは咄嗟に伏せる。
  ED-Eは再び勇ましい音を立てながら浮上、背後に向き直る。頑丈だな。トロイが二重アーマー構造とか言ってたけど、タフらしい。
  銃撃。
  銃撃だ。
  バラモンスキンの服を着た連中が殺到してくる。1人はスナイパーライフルを持ってた。あれでED-Eを撃墜したのだろう。
  あいつらは農場の連中だ。
  数は多い。
  10以上20未満。
  手にはそれぞれ武器がある。
  拳銃だったりマシンガンだったり包丁だったり。
  何だあいつら?
  口々に叫んでいる。

  「お前は死肉の塊だーっ!」

  「なるほど、あいつらがここにいたレイダーどもか」
  アッシュはアサルトライフルを構えて呟く。
  まだ射程圏外だ。
  スナイパーライフル持ちはスナイパーライフルを捨てて腰にあった32口径ピストルを引き抜く。弾丸切れか?
  どうやら貧乏所帯のレイダーらしい。
  レイダー、ウェイストランドのチンピラだ。
  「だけどアッシュ、何だってタロン社と喧嘩してなかったんだ? 仲良しってわけでは、なさそうだが……」
  タロン社全滅する前に来れたはずなのに来なかった。
  となると……。
  「タロン社に負けたってことか?」
  「だろうな。追い払われた。農作物を作る奴隷にされてたんだろ、きっとな。タロン社蹴散らしたからレイダーにクラスチェンジしたようだ」
  「すぐに死体だけどな」
  「だな。レギュレーターの正義の元に排除する」
  そして……。


  モントゴメリー郊外の貯水池制圧完了。
  タロン社、レイダー駆逐済み。
  バルブを開く。
  俺たちは守備隊が来るまではここに待機。その間に農場を調べたけど結構な規模の農場だった。それにあのレイダーどもは弱かったけど、農作業に関してはなかなかの腕だったらしく
  農場もまたメガトンの良い資産となりそうだ。その旨をメガトンに通達、最近大量に移民が来ていることもあり、自活できる場所の確保は急務だ。どこの街でもな。
  ただ、どの街ともここは離れ過ぎてるからな。
  それだけがネックだ。
  まあ、考えるのは俺の仕事じゃないけどな。
  滞在は2日。
  守備隊が到着したので俺たちはメガトンに帰還した。